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東京地方裁判所 平成11年(ワ)12627号 判決 2000年7月18日

原告

日本通運株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

松澤與市

高橋敬一郎

被告

右訴訟代理人弁護士

吉田修平

山口祐司

主文

一  被告は、その営業上の施設又は活動に「日通」又は「日通サービス」なる標章を使用してはならない。

二  被告は、その所有に係る看板、広告その他の営業用物件から「日通サービス」なる標章を抹消せよ。

三  被告は、東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社発行の電話帳「タウンページ」及び「ハローページ」において、「日通」又は「日通サービス」なる標章を使用して、自己の電話番号の案内表示又は広告表示を掲載してはならない。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告が「日通サービス」という標章を使用して運送業務を行う行為は、原告の商標権の侵害、不正競争防止法二条一項一号若しくは二号所定の不正競争行為又は商法二一条一項違反の他人の営業と誤認させる商号使用行為にそれぞれ該当するとして、商標法三六条一項及び二項、不正競争防止法三条一項及び二項又は商法二一条二項に基づき(これらの請求は、選択的である。)、営業上の施設又は活動に「日通」又は「日通サービス」という標章を使用することの差止め等を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、鉄道による運送、貨物自動車による運送、貨物船による運送、航空機による運送等を業とする株式会社である。(甲第一号証ないし第四号証によって認められる。)

2  原告は、左記の各商標権(以下、これらを「本件各商標権」といい、これらの登録商標を「本件各商標」と総称する。)を有している。(甲第一〇号証ないし第一三号証によって認められる。)記

(一) 出願年月日 平成四年九月二五日

登録年月日 平成七年六月三〇日

登録番号 第三〇五一三八二号

商品区分 商標法施行令別表の商品及び役務の区分第三九類

指定役務 貨物自動車による輸送、貨物船による輸送、貨物のこん包、貨物の輸送の媒介、船舶の貸与・売買又は運航の委託の媒介、主催旅行の実施、旅行者の案内、旅行に関する契約(宿泊に関するものを除く)の代理・媒介又は取次ぎ、委託を受けた物品の倉庫における保管、倉庫の提供、駐車場の提供、船舶の貸与、自動車による現金・有価証券及び貴金属の輸送、有料自動車道路の提供、船舶による輸送品の荷揚げ及び積込み

登録商標 別紙「原告商標目録」一記載のとおり

(二) 出願年月日 平成四年七月一六日

登録年月日 平成六年一一月三〇日

登録番号 第三〇一一二四三号

商品区分 右(一)と同じ

指定役務 右(一)と同じ

登録商標 別紙「原告商標目録」二記載のとおり

3  被告は、「日通サービス」という標章(以下「被告標章」という。)を使用して、貨物自動車による引越荷物の運送等の運送業務を行っており、日本電信電話株式会社(平成一一年六月まで)又は東日本電信電話株式会社(同年七月以降)発行の電話帳「タウンページ」及び「ハローページ」において、被告標章を使用して、自己の電話番号の案内表示又は広告表示を掲載している。(争いがない。)

4  なお、被告は、訴外C(以下「C」という。)が被告標章の使用について原告から許諾を受けていた旨を主張しているが、その使用許諾契約が被告に対する再許諾の権限を含むものではないことを認めている(第四回弁論準備手続調書参照)。

二  争点

1  本件各商標権侵害の成否

(一) 原告の主張

被告が運送業務において使用している被告標章は、本件各商標と類似する。したがって、被告が被告標章を使用して運送業務を行うことは、本件各商標権を侵害する行為であり(商標法三七条一号参照)、原告は、被告に対し、商標法三六条一項及び二項に基づき、その営業上の施設又は活動に被告標章を使用することの差止め等を求めることができる。

被告は、後記(二)のとおり、商標法等の一部を改正する法律(平成三年法律第六五号)附則三条一項所定の商標使用権を有する旨を主張するが、仮にCが昭和五五年ころからその運送業務について被告標章を使用していたとしても、原告は、Cに被告標章の使用を許諾したことはなく、また、昭和六〇年一〇月には、Cが代表者を務めていた会社が原告に無断で被告標章を使用していたとして、Cに対し、その標章の使用中止を申し入れたものであって、それにもかかわらず、Cが被告標章の使用を依然継続していたことなどに照らせば、Cが不正の目的なく被告標章を使用していたということはできない。

(二) 被告の主張

被告標章については、Cが商標法等の一部を改正する法律(平成三年法律第六五号)の施行日(平成四年四月一日)から六か月を経過するより前の昭和五五年ころから、原告から使用許諾を受けて、これを不正の目的なくその運送業務に使用していたところ、平成八年一〇月ないし平成九年四月ころ、Cが病気療養をすることになったのを機に、被告がCからその運送業務を引き継ぎ、以来、被告標章の使用を続けているものである。したがって、平成三年法律第六五号附則三条一項により、被告は、Cが平成四年一〇月一日に被告標章を使用して運送業務を行っていた範囲内において、その業務について被告標章を使用する権利を有しており、本件各商標権を何ら侵害するものではない。

2  不正競争防止法二条一項二号所定の不正競争の成否

(一) 原告の主張

原告の商号「日本通運株式会社」は、「日通」と略称され、「日通」は、我が国において、原告の営業であることを表示する標章(商品等表示)として著名なものとなっており、被告が運送業務において使用している被告標章は、原告の商品等表示である「日通」と類似するものである。したがって、被告が被告標章を使用して運送業務を行うことは、不正競争防止法二条一項二号所定の不正競争行為に該当する。

原告は、被告の右不正競争行為によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあるから、同法三条一項及び二項に基づき、被告に対し、その営業上の施設又は活動に被告標章を使用することの差止め等を求めることができる。

(二) 被告の主張

被告が被告標章を使用して運送業務を行うことは、不正競争防止法二条一項二号所定の不正競争行為に該当しない。

仮に被告の右行為が同法二条一項二号所定の不正競争に該当するとしても、前記1(二)のとおり、被告標章については、Cが昭和五五年ころからその運送業務にこれを使用し、被告がその業務を承継したものであるから、平成六年法律第一一六号附則三条により、被告の行為に不正競争防止法三条の規定は適用されない。

3  不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争の成否

(一) 原告の主張

「日通」は、我が国において、昭和五五年より前に、既に、原告の営業であることを表示する標章(商品等表示)として需要者の間で広く認識されているものとなっている。被告が運送業務において使用している被告標章は、原告の商品等表示である「日通」と類似し、被告が被告標章を使用して運送業務を行うことは、一般需要者に対し、被告が原告のグループ会社、あるいは原告と何らかの関係がある会社であるという誤認混同を生じさせるものである。したがって、被告が被告標章を使用して運送業務を行うことは、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争行為に該当する。

原告は、被告の右不正競争行為によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあるから、同法三条一項及び二項に基づき、被告に対し、その営業上の施設又は活動に被告標章を使用することの差止め等を求めることができる。

被告は、後記(二)のとおり、被告標章を運送業務に使用することが商標法に基づく適法な権利行使と認められる以上、その不正競争行為としての違法性が阻却される旨を主張するが、商標法と不正競争防止法は、その制度趣旨・目的を異にするものであり、不正競争防止法上の要件を充たせば、平成三年法律第六五号附則三条一項による商標使用権の有無にかかわらず、差止請求が認められるものというべきである。

(二) 被告の主張

被告が被告標章を使用して運送業務を行うことは、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争行為に該当しない。

仮に「日通」が我が国において原告の商品等表示として需要者の間で広く認識されているものとなっているとしても、それは昭和五五年よりも後のことであって、前記1(二)のとおり、被告標章については、Cが昭和五五年ころからその運送業務にこれを使用していたものであり、被告がその業務を承継し、以来、不正の目的なく被告標章の使用を続けているものであるから、不正競争防止法一一条三号により、被告の行為に同法三条の規定は適用されない。

また、仮に「日通」が我が国において昭和五五年より前に原告の商品等表示として需要者の間で広く認識されるに至り、被告の右行為が不正競争行為に一応該当するとしても、前記1(二)のとおり、被告には平成三年法律第六五号附則三条一項による商標使用権が認められ、被告標章を運送業務に使用することが商標法に基づく適法な権利行使と認められる以上、その不正競争行為としての違法性が阻却されるというべきである。したがって、原告は、被告に対し、不正競争防止法三条に基づき、その営業上の施設又は活動に被告標章を使用することの差止め等を求めることはできない。

4  商法二一条一項違反の成否

(一) 原告の主張

被告は、不正の目的を有して、その運送業務について被告標章を使用し、原告の営業と誤認させる商号を使用しており、被告の右行為は、商法二一条一項違反の商号使用行為に該当する。したがって、原告は、被告に対し、同法二二条二項に基づき、その営業上の施設又は活動に被告標章を使用することの差止め等を求めることができる。

(二) 被告の主張

被告は、何ら不正の目的を有するものではなく、商法二一条に違反していない。

5  権利濫用ないし権利失効の抗弁の成否

(一) 被告の主張

原告は、Cが昭和五五年ころに被告標章の使用を開始してから二〇年間、Cによる被告標章の使用の事実を知りながら、その差止めを請求しなかった。昭和六〇年一〇月に原告がCに被告標章の使用中止を求めた事実があったとしても、その時点から起算して一四年近くの間、被告標章の使用差止めを請求しなかった(担当弁護士の病気・死亡は、原告の差止請求を困難ならしめる事情にはなり得ない。)。さらに、平成四年に本件各商標について商標登録出願をしているが、その時点から起算しても七年間、右差止めを請求しなかった。他方、被告は、原告が右のように長期間にわたり被告標章の使用差止めを請求しなかったこと、Cが原告から被告標章の使用許諾を受けていたことから、原告から被告標章の使用の差止めを求められることはないものと信頼して、平成八年一〇月ないし平成九年四月ころ、Cから同人の運送業務と共に被告標章を承継し、その後も長期的使用を前提に、平成九年版以降の電話帳に被告標章を用いた広告掲載を、多大な広告費を投入して継続してきた。本訴請求が認められれば、被告の広告投資の大半は無益となるものであり、この損害は、原告が長期間にわたり被告標章の使用の差止めを請求しなかったことに基因する。

したがって、原告の本訴請求は、信義則に反するものであって、権利の濫用に当たるか、あるいは、長年の権利不行使によりその権利が失効するに至っているというべきである。

(二) 原告の主張

原告は、Cに対し、被告標章の使用を許諾したことはない。また、昭和六〇年一〇月には、Cが代表者を務めていた会社が原告に無断で被告標章を使用していたとして、Cに対し、被告標章の使用中止を申し入れており、その後、昭和六三年ころには、Cが被告標章の使用を依然として継続していたことから、その使用差止めを求めるべく、弁護士に法的手続を依頼している(ただし、同弁護士が仕事半ばにして発病し、死亡したので、法的手続の着手が中断した。)。

したがって、原告の本訴請求が権利の濫用に当たり、あるいは、その権利が失効するということはできない。

第三当裁判所の判断

一  争点3(不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争の成否)について

1  甲第一号証、第二号証、第三五号証ないし第四八号証の各一、二及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、明治五年に創業され、昭和三年に発足した国際通運株式会社を母体に、政府その他の出資を得て、日本通運株式会社法に基づき、半官半民国策会社として昭和一二年一〇月一日に設立された会社である。平成九年には創業一二五年、創立六〇周年を迎え、平成一〇年三月三一日現在の資本金は七〇一億七五〇〇万円、年間売上高は一兆三八四六億二五〇〇万円、年間経常利益は四二五億五四〇〇万円であり、従業員四万六〇〇〇人、運送事業関連のグループ会社二九一社、販売事業関連その他のグループ会社五一社を擁し、国内拠点一三三二か所、海外拠点三三か国、海外スタッフ約七〇〇〇人を数える、総合物流最大手の企業である。平成九年度の実績としては、貸切等のトラック輸送、引越荷物輸送、特別積合せトラック輸送、港湾運送等の売上高においていずれも全国第一位、宅配便取扱個数においては、ヤマト運輸に次いで全国第二位を占めている。

(二) 原告は、一般に「日通」と略称されており、原告の第七一期(昭和五一年四月一日から昭和五二年三月三一日までの期間)の事業報告書には、自らを「日通」と略称する記載があり、その社歌にも「われらの日通」と歌われている。また、昭和四三年四月八日付け日本経済新聞夕刊を始め、昭和五五年四月二六日付け、同月二六日付け、同年八月六日付け、同月一四日付け、同年一一月一二日付け及び同年一二月三一日付けの各日本経済新聞等には、原告を「日通」と略称してその業務内容や経営状況について記載した記事が掲載されていた。

(三) 原告の国内グループ会社の多くは、昭和三九年創立の総合商社「日通商事株式会社」を始め、「日通不動産株式会社」、「株式会社日通自動車学校」、「株式会社日通総合研究所」等、社名に「日通」を冠している。

2(一)  まず、「日通」が原告の商品等表示として需要者の間で周知となっていたかどうかについて検討するに、右認定の事実によれば、「日通」は、我が国において、既に昭和五五年より相当以前に、原告の商品等表示として需要者の間で広く認識されているものとなっていたというべきである。

周知となったのが昭和五五年よりも後のことであるとの被告の主張は到底採用することができず、被告標章が不正競争防止法一一条三号による同法三条の適用除外の対象となる余地はない。

(二)  そこで、被告標章が原告の商品等表示である「日通」と類似するかどうかについて検討する。

商品等表示がある者の商品又は営業の出所の識別標識として機能するものである以上、その類否は、その表示のうちのどの部分が自他識別力を有するかを考慮し、当該部分を比較対照するなどして判断すべきである。被告標章は、「日通」の語に、奉仕、給仕、接待を意味する外来語である「サービス」という語を結合させたものであり、「サービス」という語が我が国において一般名詞として既に十分定着していることからすれば、被告標章のうち自他識別力を有するのは「日通」の部分であるというべきである。そうすると、被告標章は、原告の商品等表示である「日通」と類似するというべきである。

(三)  前記1認定の事実によれば、「日通」は現在、我が国において、原告の商品等表示として需要者の間で相当広く認識されているものと認められ、これに原告の国内グループ会社の多くが社名に「日通」を冠していることや、被告の提出に係る証拠によっても被告標章が被告やCの営業であることを表示する標章として需要者の間で広く認識されているとは到底認めることができないことなどを併せ考えれば、被告が被告標章を使用して運送業務を行うことは、一般需要者に対し、被告が原告のグループ会社、あるいは原告と何らかの関係がある会社であるという誤認混同を生じさせるというべきである。

3  以上によれば、被告が被告標章を使用して運送業務を行うことは、不正競争防止法二条一項一号所定の不正競争行為に該当するというべきである。そして、原告は、これによってその営業上の利益を侵害されているといえるから、同法三条一項及び二項に基づき、被告に対し、主文一項ないし三項記載のとおりの差止め等を求めることができる(なお、弁論の全趣旨によれば、被告は、その所有に係る看板、広告その他の営業用物件に「日通サービス」という標章を使用していること、将来、東日本電信電話株式会社及び西日本電信電話株式会社発行の電話帳において「日通」又は「日通サービス」なる標章を使用して自己の電話番号の案内表示又は広告表示を掲載するなど、「日通」又は「日通サービス」という標章をその営業に使用するおそれがあることが、それぞれ認められる。)。

4  被告は、被告に平成三年法律第六五号附則三条一項による商標使用権が認められ、被告標章を運送業務に使用することが商標法に基づく適法な権利行使と認められる以上、その不正競争行為としての違法性が阻却される旨を主張する。

そこで検討するに、平成三年法律第六五号による商標法改正は、従前、不正競争防止法によって保護が図られるにとどまっていた、いわゆるサービスマーク(役務に係る商標)について、これに加えて、商標法を改正して、商品に係る商標と同様、登録制度を導入し、これを役務商標として商標法の登録制度の枠内での保護を図ることとしたものである。平成三年法律第六五号附則三条一項は、右改正に伴って、既に使用されているサービスマークについて、引き続き使用できる権利を認めた規定である。その趣旨は、サービス取引においては、既に多数のサービスマークの使用がなされており、これらの既存のサービスマークに対する手当てをすることなく登録制度を発足させるときには、かえって既に相応の評価・信用を蓄積しているサービスマークの使用ができなくなるといった問題を惹起し、これまでの取引秩序を不安定なものにし、当該事業者の評価・信用や需要者の保護を損なうおそれがあったことから、一定の要件の下に、既に使用されているサービスマークを引き続き使用できる権利を認め、もって、既に使用されているサービスマークの評価・信用や取引秩序を維持しようというものである。

このように、同法附則三条一項は、サービスマークの登録制度の導入の際に生じる不都合を是正することを目的とするものであり、役務商標制度自体、サービスマークについて不正競争防止法による保護だけでは足りないとの考えに基づいて導入されたものであることに照らせば、同項は、右登録制度導入以前から使用されていたサービスマークについて、商標権の侵害が問題とされた場合において、所定の要件を充たしたときに商標権の侵害に該当しないとするだけのものであって、不正競争防止法に基づく差止め等の請求に対して、同項所定の要件を充たすことを理由として、右請求を否定するいわれはないというべきである。

したがって、被告に平成三年法律第六五号附則三条一項による商標使用権が認められることを理由に不正競争行為としての違法性が阻却される旨の被告の主張は、それ自体失当であり、原告の不正競争防止法二条一項一号、三条一項及び二項に基づく請求に対する抗弁となり得るものではない。

二  争点5(権利濫用ないし権利失効の抗弁の成否)について

被告は、いくつかの事情を掲げて、原告の請求が権利の濫用に当たる、あるいは、その権利が失効する旨を主張するが、仮に被告の主張に係る各事情の存在が認められたとしても、その事情から原告の請求が権利の濫用に該当したり、その権利が失効するということは到底できない。

まず、被告は、原告が長期間にわたり被告標章の使用差止めを請求しなかったこと、Cが原告から被告標章の使用許諾を受けていたことから、原告から被告標章の使用の差止めを求められることはないものと信頼したと主張する。しかし、商標の使用許諾契約は、原則として当該契約上予定された者(その包括承継人を含む。)が使用する限りにおいてこれを許すものにすぎず、使用主体がこれと異なる者に変更された場合にまで当然に許諾の効力が及ぶものではない。本件においては、被告自身も認めているように、仮に原告とCとの間にCによる被告標章の使用を許諾する旨の契約があったとしても(もっとも、この契約の存在を認めるに足りる証拠はない。)、それが被告に対する再許諾の権限を含むものではない以上、Cが自分の運送業務に被告標章を使用していることについて差止めの請求がされなかったことから、直ちにCから運送業務を引き継いだ被告においてもその使用が許されることになるというものではない。被告が「信頼」と主張しているものは、合理的な根拠を伴わない単なる思い込みにすぎず、何ら保護に値しない。

また、被告は、本訴請求が認められれば、被告の多大な広告投資の大半は無益となり、この損害は、原告が長期間にわたり被告標章の使用の差止めを請求しなかったことに基因すると主張する。しかし、被告は、被告標章を用いた広告を掲載していた間、被告標識の有する顧客吸引力による効果を自らの営業において享受していたものであるから、むしろ、原告の信用にただ乗りすることにより広告投資の額に比して過大の利益を上げていたというべきであり、また、仮に広告投資について何らかの損害が生じ得るとしても、前記のとおり、被告は、何らの合理的根拠もなく、単に原告から被告標章の使用の差止めを求められることはないものと思い込んだにすぎないものであるから、自らの思い込みによって生じ得る損害について、その責任を何の根拠もなく原告に転嫁しようとしているにすぎない。

したがって、被告の主張は、失当である。

三  以上によれば、原告の請求は、いずれもその余の点につき判断するまでもなく理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三村量一 裁判官 村越啓悦 裁判官 中吉徹郎)

<以下省略>

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